さよなら昭和平成の憧れのTVスター達

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令和三年五月十八日、SNSの級友からの通知で田村正和氏の訃報を知った。
享年七十七歳。
団塊ジュニアに近い世代の僕らが良く見ていたのは八十年代の「パパはニュースキャスター」とか
「うちの子にかぎって」、そしてなんといっても九十年代の三谷幸喜氏の「古畑任三郎」だ。
幸いコロナの自粛でネット人口もさらに増えているようなので、少しググりながら追悼の文章を書いてみたい。


テレビで初めて見たのは、たぶん八十年代の「うちの子にかぎって」だと思う。
当時は、もう高校生だったので、この手のファミリードラマはあまり見ていなかったのだが
友達との軽い話題は、たいていテレビの人気番組から始まるので、チェックしておかないと
何となく流行に後れて置いてかれてしまうのではという不安があった。

私は中学時代に入れ込んでいたアイドルYOが昭和六十一年に急に亡くなったりして
相当、落ち込んだ高校生活をスタートさせていたが、また新しいアイドルが新たに出現して
直ぐにそっちを追いかけるようになっていった。
まったくもって、軽薄極まりない、青春の欲望なのだが、新しいアイドルはファミコンのディスクシステム
のタイトルにもなったMNのことである。

そんな圧倒的に波に乗った彼女を目当てにTBSやフジのドラマを見ていたのだろう。
田村正和氏といえば、圧倒的な存在感があるサラブレッドのような人という
ステレオタイプの印象しか知らないのだが、やはり独特のせりふ回しや身のこなしは
常人では真似しきれない演技であって、誰も彼のものまねは出来ても
代役を務めることは、出来ないのだと思う。

AIで仕事が無くなり、失業者が大量に生み出されそうな令和のパンデミックであるが
オリンピックの開催もわずか二か月後なのに、一向にやるかやらないかが一般市民には
伝わってこないのだが、失業や資金繰りに詰まって、自ら命を失う人もいる中で
虚像なのかもしれないが、二枚目俳優や美しいアイドルに届かぬ想いを馳せた
昭和や平成というのは、脳内御花畑の良き時代だったと回想している。

失うこと、捨てることは、とても悲しいくつらい出来事だが
代わりに新しい事象が入ってくる兆しでもある。
故人はさらに向こう側の世界から、今を生きる僕たちを見守ってくれると
信じてみよう。

合掌 令和三年五月十九日

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