緊急事態宣言解除と雨の桜桃忌・令和三年

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総武線に乗って新宿から三鷹へ向かった。
緊急事態宣言は解除が決まったが、感染者数はまだ少なくなった訳ではなく
それは東京オリンピック開催の為なのだろう、次はまん延防止法へと移行する。
国民感情は、オリンピックの開催で経済活動を活発化させようといったモノとは
相当かけ離れた、失望や諦めが漂っている。

久しぶりに乗った黄色の車両では、週末だというのに人は疎らで
スマートフォンを睨む人々が目立ち
それぞれの脳は別々の隔絶された世界を作り出している。
車内の閉鎖空間では、薄着の女性も目立つようになり
身体のラインを挑発的に見せて男の欲望を刺激する。
白い制服の女子高生は、キャピキャピと憂いの無い明るい会話で
舞浜のテーマパークの営業状況を調べている。

折からの感染症の拡大報道により、生命の不安を感じていなかった層にまで
恐怖心や不安感が日に日に増していくようだ。
上場企業世界ランキングにかろうじて残っているT自動車のジャパンタクシー
の新型車両は、空車ランプがいつも点灯して路肩に列をなしている。
タクシーの運転手も、繁華街の飲食店が停止していては稼ぎは期待できない。
再開されたイベントでも、フルに観客を動員出来ないので
盛り上がりにかけるプロスポーツばかりで、会場へ足を運ぼうという気持ちも
失せてしまう。
後楽園の東京ドームは、かつての混雑は嘘のように人が限られている。
DXの実行強化で、チケットはペーパーレスになりスマホのバーコードへ。
従来のプレイガイドで印刷されるチケットの発行は無くなるようだ。

電車に乗る直前の新宿駅南口には若い男女の警察官が群衆を監視していた。
ここのところ、街の交番は不在になっている事も多く
お決まりの街なかの犯罪は少ないのかもしれない。
何しろ、酒はほぼ提供されないし、歌舞伎町もかつての怪しげな魔力は抑えられ
ゴジラヘッドの目立つ巨大なタワーも何だか威厳が感じられない。
一般大衆が熱狂する事で、街は盛り上がり、金が動く。
ワクチンの接種が完了し、街の生命力が回復するまでにはまだ時間がかかりそうだ。

三鷹駅に着くと、意に反して往来する人が目立つ。
テレワークもあって都心までは行かないが都下の多摩エリアには
安心感があるのかもしれない。
駅を出て歩道橋を左に降りて暫くいくと、観光案内所があるので
半日限定の旅人は、思い切ってその小さなガラス扉を開いた。
「あのぅ、太宰治のイベントがあると聞いてきたんですけど」
検索して知っているくせに、わざと初心者を装ってみた。
案内所の女性二人はまた来たかといった感じなのだろう
「三鷹市では特にイベントはやっていないんです。今日は太宰の命日なので禅林寺に行かれる方はいます」
「それと、駅前のビルに太宰の三鷹の家を再現したスペースが出来たんです」
説明を聞いて、3箇所の目的地が定まった。
三鷹の此の小さい家と文学サロンに禅林寺。
三鷹市では、郷土では未だに評判の悪いこの作家をひっそりと讃えており
観光ガイドにはかなりの力のいれようである。

小さい家のある美術ギャラリーは、入り口もなんだか凝っていて
エスカレータで上がった後に、階段を登り鉄の扉を開くというプロセスを
経て、落ち着いた空間へと誘われる。
興奮して入り口の市長の挨拶文をスマホで撮ると
警備員に注意され、画像の削除を求められた。
この展示室は、写真を取れる場所は畳の部屋だけで
他は自分の目で見て楽しむほかはない。
スマホのSNSで拡散される必要もない知名度と評価があるし
子孫のお二人も無くなられてしまったが
DNAが強力なのだろう、作家としても有名になられたようだ。
あまり知られていないが、太宰関係者は本を出している方も多く
もし本格的に研究するなら、それらの本を片っ端からつなげて読んでいかなくては
実像に迫る事は出来なさそうだ。

ギャラリーの窓口で図録を購入して
中央通りをトボトボと禅林寺へ歩いていく
三鷹の街は依然として昭和の野暮ったさも残っているが
文学や芸術への愛情が注がれ
道端の案内や記念碑などが、ひっそりと置かれ
芸術を追い求める物を歓迎してくれる。

禅林寺に15分程で到着すると、向かいのスーパーで
和の花を購入して、お祝いの赤飯を食べてから
白い大きな門をくぐった。
左に大きな戦没者慰霊の石碑が見える。
ご年配の女性の集団とすれ違うのだが
なんだかみんな楽しそうだ。
桜桃忌は、親族でもないファンが集まり
作家をリスペクトする場所なので
初対面でも話が通じてしまうし
何も語らなくても何かが解る気がする。

墓前には大量のさくらんぼが並んでいて
周辺には老若男女が静かな興奮を抑えながら
雑談をしている。
墓石の裏側から写真を撮る者もいたり
太宰について熱く語る人ばかりで
残りの人生を何とか頑張って完走したいという
気持ちが場を共有していた。

対して鴎外の墓前は何だかさみしげで人は
ほぼいない。令和の時代の一般人には鴎外の文章は品位が高くて
取っつきにくいのだろう。
悲劇と喜劇を完全に計算して、作品世界を結実させた
太宰の思惑通り、死後70年に渡り
悩める者を惹き付ける何かがそこにはある。
彼のファンは外国人もいるので
これからの時代は、文学で国境を越えて繋がっていく
楽しさを追求するのも良さそうだ。

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