会社から放り出される見捨てられる〜はい喜んで

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習慣化の為に運用しているみんチャレで退出警告が、出たので急遽記事作成をしています。

今朝は修理したばかりのiPhoneをまた落としてしまい使用不能になりました。

保証期間も切れているし修理するとなると2万以上、下手したら5万を超える店もあるでしょう。

でも壊れたスマホや割れたスマホは修理するか買い換えるかしたほうが良いでしょう。

接客業の女性の指先がとても目立つように、スマホの画面の状態は相手によく見られやすいです。

昔なら人を見るのには、足元を見よと教わりましたが、今の時代なら靴と指先、マスク越しの眼、そしてスマホの画面になるでしょう。

スマホは今や現金に変わる決済手段となるキーアイテムです。

いわば貴方の分身とも言える存在。恋人やパートナーに準ずる物なのです。これを粗末に扱っているとすれば、他の事や人に対しても同じことをするのではないかという想像をしてしまう人もいるでしょう。

話は横道に逸れたが、タイトルの会社から捨てられる喜びとは、どういう事なのか解説したい。

大抵の人は学校教育を受けて大人になっていく。6334 大学までなら16年間、高校までなら12年間。それ以上に教育機関にどっぷりの人もいるだろう。

振り返り思う事。学校教育、長すぎじゃないのか?

江戸時代なら15歳前後で元服といい大人とされたようだ。確かにその頃には、身体機能的には大人になっている人が殆どだろう。

しかし、現代では教育は延々と続いていき、偏差値が終わっても、学力テストでマルバツ式のクイズのような意味の無い授業とテストが繰り返されていく。

さらに現実社会に必要な重要なルールを教えることも無く、稼げない人や働けない人、精神的に弱い人、強かったけど弱くなる人などを生み出していく。

さながら甲子園の夏の高校野球のように、私達の人生も弱者同士で、競い合わされ、年齢不問で横並びにサバイバルゲームが進行していく。

バトルロワイヤルという映画があったが、自分たちの人生そのモノが実はサバイバルゲームなのだ。

金を稼ぐことは、わざと難しく設計されている。会社で稼いでも保険料や税金でもっていかれ、経営陣や株主に搾取されるのがオチである。

企業は、外ヅラの良い、カッコつけた発言をしているが、実はヤクザや転売ヤーとやっている事は対して変わらない。

なのに、一般の人は大企業や公務員など権威的な存在にとても弱い。何だか人生苦しいなとか辛いなと思っても、言わないし言えないという人もいるだろう。

家のローンが払えなくて差し押さえや任意売却に進まされる事もあるだろう。

そう、端から奴らは私達を幸せにしようなどとは考えていないのだ。

まあ、私がここで言わなくても大方の人は解ってるし若者も気づいているだろう。

一般人は働けど働けど楽にはならない。好きな事も得意なことも諦めて、会社に奉仕したところで、年老いて病気か怪我をすればお払い箱だ。

経営者と従業員なのだから、殿様と家来のつもりなのかもしれないが、全然異なるオママゴトだ。

祖父母の時代の定年は55歳で、余生は家族とのんびりすごして、心安らかに永眠された方もいるだろう。

令和の時代は、そんな一時期の幸福の形は消えて、サバイバルゲームが激化すると言われているが、そうでは無くて、もともと生存競争があるのが人間社会で国際社会なのだ。

比較的雇用の受け皿となっていた接客サービス業も外国人の姿が目立つようになってきた。

大企業の導入改善していく機械やAIがあれば、不安定な肉体と精神を持つ弱い高学歴な日本人よりも、生存本能に目覚めたガチな外国人の方が使い勝手が良いだろう。彼らを使いこなす事は、現場レベルのリーダーの力量にも関係してくる。英語は当たり前だが、アジアの人とも仲良くできるのか?どうすれば可能なのか日々考えてみたい。

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